【事例3】判断能力が喪失した相続人が所有する土地を成年後見制度を利用して取得した事例

概要

エリア岩手県遠野市
地目不明
権利関係推定相続人12名のうち7名が相続放棄
相続人の中に判断能力に欠ける相続人が存在
対応策成年後見制度の利用
所要期間約1年半
出典用地ジャーナル2013年月号6頁以下

 

弁護士コメント

 認知症等により、判断能力が低下した方が行った契約は、法律上無効になります(民法3条の2)。

 当然、そのような方が所有する土地を取得するために、その方と契約を締結しても契約は無効で、その土地の所有権を取得することはできません。

 こういった場合の不都合を解消するために活用されるのが成年後見制度です。この制度は、裁判所が選任した成年後見人が権利者本人に代わって契約等の法的な対応を行ってくれるという制度です。

 用地取得の実務において成年後見制度を活用する際のポイントになるのは、協力してくれる親族がいるか否かです。成年後見制度の利用にあたっては、①後見の要件を満たすか、②誰が申立てを行うか?(申立権者の問題)、③誰が後見人になるか?等の論点がありますが、これらの点を整理するためには、ご本人の生活を支えてくださっているご親族の方の協力が必要不可欠です。 

 本件では、判断能力が低下している相続人の兄弟に当たる方がご本人の面倒を見ているようで、その方の協力を得て手続きを進めることができたようです。親族が後見人になると、専門家が就任するよりも費用を抑えられるというメリットがある一方で、近時は親族後見人がご本人の財産を横領する事案も増えており、そういった観点からのリスクもあります。

 また、成年後見制度は、裁判所が判断能力がないという烙印を押す制度という見方もできるため、個人の尊厳という観点から非常にセンシティブな側面があります。

 加えて、後見人が選任された後に、判断能力が回復するという事例は通常考えにくいため、後見人報酬等の負担がその後も続いていくという点にも留意が必要です。

 事業者が特定の土地を取得したからという理由で安易に成年後見制度の利用を勧めてはいけません。ご親族の方達と丁寧にコミュニケーションを重ねて、きちんとご理解をいただく必要があります。

 なお、本件は相続人の一部に判断能力がないという方がいらっしゃったという案件ですが、こういった案件であれば、事業者が共有持分を取得したうえで共有物分割訴訟を利用する方法も考えられたと思います(民法258条)。訴訟手続を利用する場合において、被告の判断能力が低下しているときは、特別代理人というその訴訟限りの代理人を選任することができ(訴訟の当事者であれば申立てができ、成年後見制度のような申立権者の制限はありません。)、後見と比べても費用がだいぶ安くなります。

 また、判断能力が低下しているということは、その相続人の方が相続の承認をしていない可能性が高いといえます。そこで、熟慮期間経過前の相続財産管理人の選任を申し立てることも選択肢になります(民法918条2項参照)。この場合、判断能力が低下した相続人以外の相続人を含め土地の権利のすべてが管理人の管理の対象となるため、その管理人と契約をすれば土地を一括で取得することができたはずです。

 判断能力が低下した所有者がいる場合は成年後見制度を利用するというのはセオリーであり、弁護士等の法律専門家も成年後見制度の利用を勧めることが少なくないと思います。もっとも、成年後見制度は個人の尊厳に介入していく制度であることを十分に理解し、他に代替手段がないかをよくよく考える必要があります。成年後見制度はご本人のための制度であり、事業者のための制度ではないことに最大限留意すべきです。